座員の活動その5(義太夫とその仕事)
                                                    
  
    あきる野座の義太夫について
【歌舞伎義太夫とは】
 江戸時代の中頃、歌舞伎の人気を高めようと、人気の高かった人形浄瑠璃の演目を歌舞伎に取り入れるようになりました。人形浄瑠璃がセリフや状況描写を全て義太夫節で語られるのに対し、歌舞伎ではセリフは俳優自身が語り状況説明や 舞台進行は義太夫が担当しました。このようにして歌舞伎は人形浄瑠璃のために書かれ後に歌舞伎化された義
太夫狂言と、初めから歌舞伎のために書かれた作品である純歌舞伎狂言とに大きく分けられるようになりました。歌舞伎の義太夫は人形浄瑠璃から移籍してきた太夫・三味線が語っていましたが、実際に俳優と競演すると人形相手とはわけが違い、俳優の演技に合わせゆっくり語ったり早く語ったりと、人形浄瑠璃とは色合いの違う分野として発展してきました。あきる野座では大福由信太夫と白檮山誠太夫で担当しています。
【差別用語「チョボ」】
人形浄瑠璃では全てを義太夫が語りますが、歌舞伎ではセリフは俳優が言うわけですから義太夫節の床本にチョボ紙という色紙を貼り付け役者のセリフと義太夫の語り部分を分けたようです。このチョボ紙で分けられた部分を語ることから歌舞伎義太夫をチョボということになったようです。歌舞伎の世界で人形浄瑠璃から移った義太夫狂言が人気を博するようになると、人形浄瑠璃は痛手を受けるわけで、その対策として歌舞伎に出演した太夫・三味線を除名処分にしたり、人形浄瑠璃の太夫・三味線を本業、歌舞伎の太夫・三味線を「チョボ」と差別して呼んだりしたのです。現在では差別用語としての「チョボ」は死語になりつつあり、「竹本」が歌舞伎義太夫の呼称となっております。
【義太夫三味線】
義太夫には長唄・端唄・小唄などの細棹や常磐津・清元・新内・地唄棹などの中棹と異なり棹の太い太棹といわれる三味線を使用します。棹だけでなく胴も大きく絃も太く、同じ太棹でよく間違われる津軽三味線とは撥(ばち)や駒の素材・形状も違い音色も大きく異なります。現在あきる野座では義太夫三味線の演奏者を養成中です。
【あきる野座の義太夫狂言】
人形浄瑠璃から歌舞伎化された義太夫狂言の3大作品として「仮名手本忠臣蔵」「義経千本桜」「菅原伝授手習鑑」がよく知られていますが、あきる野座ではその中で「義経千本桜二段目伏見稲荷鳥居前の場」を演じております。また人気の高い「絵本太功記」も「二段目本能寺の場」「十段目尼崎閑居の場」を演じてきました。舞台とお客様を繋ぐ語り部として、お客様に分かり易く一緒に盛り上がれるような舞台を目指して精進しております。